MGC奇跡の終焉 MGC回顧録・完全保存版
『MGC奇跡の終焉 MGC回顧録・完全保存版』は、かつて存在していたモデルガンメーカーMGCの盛衰を創業者が自ら語る、神保勉氏としてはシリーズ三冊目の著書。2022年の11月末に突如として福岡のニューMGC通販サイトで刊行が予告され、明くる12月早々には予約者の下に届いていた。先行する同氏のMGC関連図書は2010年1月の『MGCをつくった男』(推定発売日2009年12月)と、その増補版『MGCをつくった男 総括編』(同2018年12月)である。
B5判無線仮綴じの本冊は無外装で、アート紙総多色刷り本文146頁。奥付に発行日の表記がなく、本文中の囲みに2023年1月31日の応募締め切りとして懸賞付き読書感想文の募集告知があり、この部分と文章の内容だけが本書に記された発行日推定のための縁となっている。このため将来的には、本書が実際にいつ発行されたものなのか、その情報はウェッブ上に残された関連文書などから推定するほかに術がなくなってゆく。書物の寿命は想像以上に長い。今後の時間経過とともに本書の刊行に纏わる情報も間違いなく漸減してゆくので、残念なことだが刊行時期に関する真相が曖昧となってゆく事態は避けられない。
問題の奥付には執筆・編集・発行人として神保氏の名が記されており、裏表紙に売価の表示こそあるが、今回もまた著者私家版(自費出版)であることが推察される。しかし著者以外に印刷製本所程度しかクレジットのなかった前二著とは違い、今回は「イラスト 坂本佳奈恵」「デザイナー 須田芳正」「写真撮影 安田庶」のスタッフ個人名が挙げられ、体制が一新されたことを窺わせる。また校正を担当した「日々の新聞社」と印刷・製本の「いわき印刷企画センター」はともに福島県いわき市の地元企業であり、本書の制作はいわき市を拠点に進められたものと思われた。
編集面で唯一残念と思ったのはノンブル(頁番号)の附番で、「見開きの右頁が偶数、左頁が奇数」という和書の基本的なセオリーが見過ごされ、右頁から起算されている点ぐらいだろうか。とはいってもノンブルを外表紙から起算してしまうような素人っぽい編集の前著に較べれば本書は全体としてかなりしっかりと整理されており、まず書容からして安心感が漂っているのである。
見えているのは発行直後に取り寄せた一冊で、言うまでもないことだが完本。エスピオナージ風のクールな表紙写真をネット検索したところ、1960年代後半から70年代初頭頃のMGC広告に全く同じものが用いられていることが分かった。背景の建物や外車、モデルの持つスネイルマガジン付きルガーP08の佇まいが構図にドラマ性を与え、当時モデルガンに対して誰もが抱いていた浪漫を余すところなく表現しきった秀逸な一点かと思う。リバーサルから新規に整版し直したものらしく、時代を越えて大変鮮明に蘇っているのが嬉しい。
その表紙をめくると見返し部分に無題の巻頭言があり、また捲って目次から早速本文「小林太三と2人初の海外旅行(1964年)」が始まってゆく。なかなかに忙しく一服する暇もない編集ぶりではあるが、これが現代的な軽装本のセオリーなのかと却って新鮮の感もあった。
本書『MGC奇跡の終焉』は前二作に引き続いて神保勉氏の回顧録である。が、今回は自叙伝的な雰囲気がやや退き、創業社主として経営判断の根拠や内部の経済情況をピンポイントで具体的に明かす記述が増えているのが大きな特徴といえようか。初見では前著で述べられたエピソードの繰り返しのように印象されるパートもあり、早々に感想などをネット上に公開している気の早いマニアも散見。だが実際には事件の起承転結を改めて正確に文章化し、かつ一時休業から整理解散へと向かう清算の過程なども貸借の数字を列挙した冷静な回顧としており、再読すればまた新たな資料的価値を発見できるものと思われる。
本文に時経列的な一貫性はない。本書では述べた1964年の海外視察から始まり、大阪万博への出展や法改正によるモデルガン規制など時代を行きつ戻りつ、MGCの発展途上にあったエポックな出来事が言葉静かに語られてゆく。しかして読み進むにつれ、随所にワキ方である関係者からの寄稿が代わる代わる立ち現れ「その時その場にいた者」でなければ語ることのできない貴重な証言を次々と繰り広げてゆくという、きわめて能的な文章構成となっている。そのため特段に過激な表現もなく淡々と綴られる文章でありながら、気が付けば自分がその場面転換に紛れ込み傍らで事態を注視してでもいるような、奇妙なデジャヴ感を覚えつつの読書体験となった。
やがて記述はMGCの、モデルガンという玩具そのものの存亡に関わる、二度の大きな法改正と製造規制へと進んでゆく。安全でリアル指向な金属モデルガンの存在を敵視し、検証可能な事犯分析データもないままフレームアップのように印象操作で業界撲滅の圧を高める当局に対し、モデルガン創案者として著者の知られざる必死のロビー活動が行われていたことなどが本書の後半で明かされる。
私はMGCが創業二十年を越えた1981年になってようやく株式法人成りしたことを、本書で初めて知って驚いた。オリジナルのモデルガンが売れに売れてレジ打ちも追いつかず、販売カウンターの下に置いたリンゴ箱に売上金をバサバサ落としながら商売したという伝説のMGCなのに、である。逆に言えば輸入玩具の改善販売で旗揚げしてから熱狂的なモデルガンブームとプラスチックへの素材大転換を経るまで、MGCは神保氏の個人的な才覚だけで乗り切ってきたというのだろうか。あの繁盛このうえない直営ショップも、独壇場だったスマートな広告戦略も、ダイカストマシンまで設置した自社工場すら全てが個人経営の範囲内で進められてきたとしたら大変な驚きでしかない。各方面に優れた人材が集まったこともあるのだろうが、正に端倪すべからざる途方もないマンパワーとマネジメントが神保氏率いるMGCの中に渦巻いていたのか。
あまりにも出生数が多すぎて「砂利(じゃり)」と総称されていた私たち1970年代の洟タレ坊主どもにとって、MGCというビッグネームは単純にイカしたモデルガン製品群であり、年中混雑が絶えないボンドショップであった。御徒町日章ビルのサービス部に行けばいつでもわんわんするような熱気が、ガード向かいのボンドショップではちょっぴり大人びたマニアのムードが、いつでも私たちを迎えてくれていた。しかしそれは飽くまでもお気楽なジャリん子どもに見えている姿なだけで、その背後には多くの社員が活動し、設計製造から財務までのしかるべきセクションが存在していたはずだ。今頃気付くのも愚かな話だが、MGCとはたしかに一個の企業だったのである。本書を読むにつけその感を深める私だった。
思い出すのは1977年か76年のこと。新型のワルサーP38モデルに「MJQ」という奇妙な刻印があり、国電ガード下のとあるモデルガン商店で「あれはムトベ・ジンボ・クエストなんだよ。ムトベは六研の六人部さん、ジンボはMGCの神保さんのことさ」と鹿爪らしく解釈されたことを覚えている。なんのことか直ちには理解できなかった。MGCが時折発行する冊子体の情報誌などで「神保勉」という名前に憶えはあったが、新製品に名を刻むほどの人物がそのメーカーのどこで何をしているのかも知らず、それはそのまま眉唾ものの記憶として納めたことである。ただこの頃から私は、MGCと神保氏をセットでイメージするようになっていたとは思う。
思うに、現役当時の神保氏は新技術のリサーチやモデルガン規制への対応、ロビー活動、広告企画に直営店のカツ入れと忙しすぎて、店頭で顔を売るような暇もなかったのだろう。子供は目に見えないものに興味を持たない。したがってMGCのイメージとはまず派手なブローバックで火を吹くシュマイザーMP40であり、サービス部のカウンター越しに「コレ買うの?高いわよ(笑)」と威圧してくる謎のお姐さんであって、姿の見えない神保氏は認識の埒外なのであった。やんぬるかな、この当時のジャリどもが今や還暦を過ぎ、孫の面倒もすっぽかして『MGC奇跡の終焉』でザワついているという有り様である。
本書は西日本ではニューMGC福岡店に、東日本では名無しの電話番号に架電して注文するという、いささか変則的な販売方法を取っていた。それが発売開始からほどなく「名無しの電話にかけたら神保氏本人が応対してくれた」という真偽不明の怪情報がネット上に流れ、たちまち全国のマニアに激震が走る。その直前に架電し『MGCをつくった男 総括編』を持っていないので今更だがなんとか売ってもらえないだろうかと横車を押していた私は、この怪情報に接しあれが帷幄の人ご本人だったのかと己の厚かましい物言いに激しく慙愧したのである。
かつて玩具の世界に一つの時代を築き、今では後顧の憂いなく人生を楽しんでおられるはずの神保勉氏。その神保氏が私家版とはいえ一々ご自分で注文の電話口に出られるという酔狂は、一体全体どうした風の吹き回しなのだろう。これもまた不可解といえば不可解な話ではあった。
ひょっとして神保氏は、MGCモデルガンで育ったガン・スリンガーたちと直接言葉を交わしたかったのかな。あの頃忙しさに紛れてできなかったジャリん子どもとの交流を、今やってみたくなったのかな。
春めいた陽射しの窓際でぼんやり『MGC奇跡の終焉』の表紙を眺めながら、私は不図そう思った。
黒(P08ブラックウィドウ)で始まり金(閣寺)で終わる本だった。
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コメント
No title
中学の修学旅行にも持って行ってましたからね
MGCが終わると聞いた日 ショックと共に、もう何年も行っていない事にも気が付き時代の流れを感じました。
素晴らしい青春時代をありがとうと言いたいです。
2023-03-08 21:06 こうのすけ URL 編集
こうのすけさん、こんばんは。
MGC最後の頃、移転した先の店に一回だけ行きました。寂しいけど大切な思い出です。
オカチは今でも私の聖地ですよ。
2023-03-08 21:54 カバ男(かばおとこ) URL 編集
同じ本を読んで、こうも表現が違うと、文章を書くことに臆病になってしまいそう。
2023-03-10 18:20 monco URL 編集
moncoさん、こんばんは。
ただベラベラ長いだけの悪文です。
でも、残しておきたい内容を全部籠めました。
文章は兄貴に敵いませんよ。正直なとこ。
2023-03-10 20:25 カバ男(かばおとこ) URL 編集