MGCをつくった男 総括編
神保勉『MGCをつくった男』増補版。
本書は実質的には先のエントリーで取り上げた『MGCをつくった男』の増刷版なのであるが、書誌的なスペックが混乱しており大変に紛らわしい存在となっている。そのため、今回のエントリーは便宜上タイトルの書名を『MGCをつくった男 総括編』として共通理解を得ようと思う。文書内容に於いては最初の版を「初版」、取り上げている増補版を「総括編」と呼んで記述を進めてゆきたい。
見えているのはごく最近入手した新刊状態の完本。同じ神保氏の『MGC奇跡の終焉』が発行された折、取り寄せの電話口で偶然本書も入手できると教えられ、プレゼント用にまとめて注文した内の一冊になる。
神保勉『MGCをつくった男 総括編』は、2010年1月に発行されていた初版『MGCをつくった男』に若干の加筆と編集を行って再発行されたものと見做すことができる。一般的な書籍の世界では、初版本の存在に対して「増補再版」もしくは「新訂版」として取り扱われるべき位置にある。初版の内容に関してはすでにエントリー文書を公開しているので末尾にテキストリンクを貼り、ここでは繰り返さない。
外観は艶のあるコート紙を用いており初版と酷似したデザインだが、普通の平滑な多色刷り印刷である。特徴的だった艶消し地に合羽刷り(かっぱずり)風の特殊コーティング印刷は、今回は行われていない。とはいえ70頁を超える本の全巻が総厚口アート紙に多色刷り、制作には初版同様に相当なコストがかけられているのは明らかなのである。
もともと「MGC 50TH ANNIVERSARY」とあった表紙下段の文言は「MGC 60TH
ANNIVERSARY」と変更されており、且つ「総括編」の表記も新たに加えられている。このため、これらの変更によりブックデザインの天地がやや窮屈になっているのが見て取れる。「MGC」の文字も初版ではシルバー風の明るいグレーだったものがこの版ではゴールド風なダークベイジュとされていた。
この版は奥付が校正されておらず、初版と同じく「2010年1月」の発行年表記のままである。だが文中には2018年5月以降の出来事に関する記述があり、タイムパラドクス的な混乱を生じている。一体いつ頃の出版なのであろうか。私はすでに初版を読んでいたためこの「総括編」はほとんどノーマークで、残念なことに刊行当時の情況がまったく記憶にないので困った。
試みにネット上で本書に言及しているブログなどを探すと、最も早い文書投入が2018年の12月中に幾つか確認できるので、実際の発行はこの時期だったと考えてよいだろう。初版も2010年1月の奥付でありながら定期刊行物風に2009年12月には好事家の手に届いていたらしく、ここから推して本書の奥付は「2019年1月発行」と表記を揃えておくのが至当なところだったと思われた。
そして非常に興味深いのは、本書「総括編」が何度も繰り返し販売され、こうしてブログを書いている2023年2月現在でも新刊本として入手が可能だという点である。
本書は初版『MGCをつくった男』と同じく福岡にあるニューMGCから発売されていた。2019年の刊行開始当初は、やはり初版当時と同じようにまだ新刊として入手できる内からネットオークションで頒価の十倍を超えるプレミア価格での落札があり、心あるモデルガン愛好家たちはブログ等でダフ屋に対する警戒を呼び掛けていた。この時点で初版は絶版となって久しく、以降はニューMGCによって何回か「総括編」が再入荷した旨の告知とともに全国へと拡散していったものと思われる。そして現在のところ、述べた通り2022年末に新刊された神保氏の近著『MGC奇跡の終焉』に合わせて再販売が行われているという情況。
ここでひとつの疑問がある。果たして『MGCをつくった男 総括編』には何刷が存在しているのか。普通に考えれば最初に印刷製本した在庫(増補新版の初版)が大量にあり、ニューMGCはマニアのニーズを見ながら間歇的にこのストックを放出している、というのが順当な見方。しかし異常なプレミア価格で取り引きされる人気を博した本が、果たして刊行後丸四年もの間在庫を切らさずにいられたものだろうか。この点は非常に疑がわしいと言わざるを得ない。
『MGCをつくった男 総括編』は神保氏の自費出版と思しく、氏がいかに富裕の身であったとしても、余計な経費を投じて捌ける見込みがないほどの大部数を制作していたとは考え難い。となると、この本は一定数を売り切りながら要望に応じて何回か増刷して販売されていた、トそう考える方が道理に適っているような気がしている。
神保氏本人は現在でもご自分で本の注文を直接請けるほど矍鑠とされているようで、誠意を以てお尋ねすればある程度の回答を貰える望みはある。しかし私のように書物の物質的な成り立ちを詳しく確定する趣味があるならいざ知らず、ご本人にしたら何を何回増刷したかなどという記憶は、思いもよらない枝葉末節の部分であろう。なので、そのような問題に拘泥することでレジェンドの身辺を煩わせることは本意でもなく、差し控えたい。
奥付が初版の刊行年月を表したまま、厳密にいえば『MGCをつくった男 総括編』には制作時期によって複数の隠れた重刷バージョンが存在している。ここではその可能性を指摘するに留めておくだけでよいかと思う。
『MGCをつくった男 総括編』は初版に対して「特集」と謳った四篇の文字写真稿が追加されている。ただし増補部分は合計8頁だが総頁数は初版の73頁と変わらない。すなわち初版に対して頁のやり繰りがあり、記事の削除やレイアウト変更も随所に見ることができ、配列もかなり変わっている。
特集の内容を簡単にまとめると、モデルガンの始祖である神保氏とMGCが蒙った不利益と不名誉、及びその処理に関する当事者からの経緯報告とでもいえようか。断章のように短いが、新製品の盗作、取材もせずに伝聞だけでMGCの歴史を書ききってしまう専門誌、モデルガン成立の根幹である銃腔内インサート工法の発明などに纏わる核心を衝いたもので、資料的な価値の充分にある文章。当時は帷幄の人としてモデルガン業界全体の発展のために敢えて円満に納めていたものが、歳月の経過とともにデマや風説を利用して事の真相を捻じ曲げようと画策する存在を知り、資料とともに改めて鉄槌を下した形である。
それでも本書が刊行された直後から始められたと思しき隠然たる反撃の痕跡は、今でもネットのあちこちに残されているようだが。
何もなかった趣味の野原に一人、誰も見たことのない「安全なモデルガン」という松明を掲げて踏み込んで行ったのは、神保勉氏なのである。
いやはや、仮令モデルガンの神ホトケと祀り上げられた社員がいたとしても、所詮は神保氏のMGCという器の中で泳ぎ回っていただけのこと。名前に擦り寄ってチヤホヤして来る信者などいう輩ほど無責任な連中はないと、その人物も気付かなかったワケではなかろうに。
創業者企業の組織にあって主は主、従は飽くまでも従である。
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コメント
No title
表紙がショーンコネリーなのが渋いですね。
MGCというと知識がないのでさっぱりですがモデルガンだそうで、以前の職場でその手の相談を受けたことがあります。
2023-02-21 11:50 ぬぽGL URL 編集
ぬぽGLさん、こんにちは。
モデルガンの相談を持ち込まれる職場って・・・ははは?
2023-02-21 13:56 カバ男(かばおとこ) URL 編集
地元の模型屋で、すでに店頭にはMGC製品が無かった頃です。
モデルガンの歴史を正しく客観的な視点で読みたいものですね。
2023-02-22 21:29 とし URL 編集
としさん、こんばんは。
例の掲示板で少し動きがありますが、モデルガンの歴史・・どうなんでしょう。
MGCの正攻法オリジナルに対して、法規制以外にも盗作や本家詐称など追従企業のダークな面がありすぎて、まとまらんでしょうなぁ。そんな業界だったのでは?
むしろマニア一人一人がもう少し関心を持って「オレのモデルガン・ヒストリー」を正々堂々と語れる日が来ることを望んでいます。
2023-02-22 21:42 カバ男(かばおとこ) URL 編集
No title
完コピでも売れちゃえば、それで良しの時代
50年も経つとそれすら逸品扱いです。
前世紀の遺物になったモデルガンを楽しんで死んでいく我々は幸せです。
2023-02-23 20:48 こうのすけ URL 編集
こうのすけさん、こんばんは。
よくMGC全盛期の莫大な利益のことについてまことしやかに語られますが、同じ時期に丸パクリの盗作で失われた得べかりし利益もまた莫大だったと思います。よく見逃したと思いますが、この本には当時の心情も語られているんです。感服。
次回一回お休みして、月が明けたら同じ神保氏の最近作『MGC奇跡の終焉』を取り上げる予定でいます。
モデルガン考古学の関係も、その辺で終了かな。良いタイミングでしょう。
2023-02-23 21:20 カバ男(かばおとこ) URL 編集
2023-02-23 23:29 とし URL 編集
としさん、こんばんは。
過去のモデルガンを扱っているからといって書籍まで摘発するなんてことは法的にあり得ないと思いますよ。
本は本、知識は知識というだけのことですから。
2023-02-24 00:40 カバ男(かばおとこ) URL 編集
No title
ショーン・コネリー、もう亡くなったんですよね。髪がなくなってからの彼しか知らないのですが、リア王みたいでカッコよかったです?
MGCって何かの略ですか?MとGはModel Gun・・・としてもCはう~ん?
2023-02-24 10:23 杏莉 URL 編集
杏莉さん、おはようございます。
元々はギラついた目付きだけで勝負するような役者でした。
007シリーズを離れてからようやく自分らしい芝居に戻れた感じかな。
『未来惑星ザルドス』とか『ハイランダー 超時空大戦』みたいなキワモノSF映画に出るのも好きだったようです。
でまたそうゆう作品にかぎってコアなファンが生まれるんですよね。
MGCはもともとモデル・ガン・コレクションと日本語表記されていたようです。
会員を集め通信販売で外国の製品を売りはじめたけど仕入れがまるで追いつかないほどだったそうですよ。
2023-02-24 10:52 カバ男(かばおとこ) URL 編集
この記事読んでもう一度本を読み直しました。
そして自分の人生を変えたモデルガンが生まれ、淘汰されていく様をしみじみ感じています。
2023-03-04 14:20 monco URL 編集
とにかく『MGC奇跡の終焉』を取り上げる前にハッキリさせておきたい事が多く、こんな悪文になりました。シロウトの早とちりです。
モデルガンの世界に語りかけられるのもあと僅か。大した事もできずに終わりますので、兄貴今後ともアニキ呼ばわりだけは真っ平御赦免願います(笑)。
2023-03-04 18:40 monco兄貴、お晩っス URL 編集