バイクフリークたちの午後
山川健一『バイクフリークたちの午後』。
この本は編集兼発行人が三推社、講談社が発行所(発行元)というお定まりのパターンで、昭和五十八(1983)年七月に刊行されている。B6判無線仮綴じ製本の単色刷り203頁、カバー掛け。
書影は同書の極美サンプルである。
奥付に「ベストカーブックス②」の表記があり、シリーズと巻次を示しているものと思われる。編集スタッフの数がやたらに多く、本文末に頁を分けて「PHOTO 花岡弘明 長濱治 清家富夫 さいとうさだちか 山辺達義 山田真人 橋本玲 二石友希」「イラスト 古橋義文」のクレジット。奥付にもダメ押しで「カバー装幀 川上成夫」「カバーイラスト マーチン荻沢」「本文イラスト 古橋義文」と人名が犇き合っている。
全体で何点の刊行があるのかは知らないが、四輪の専門誌である『ベストカーガイド(当時)』から派生した叢書が初手からバイク本というのは拍子抜けするのである。見えている外装カバーもまた相当な脱力もので、マーチン荻沢氏によって描かれている二十七人の内で似ているのが一人もいないというヘタウマぶりに呆然としてしまう。星野一義氏に至ってはフルフェイスヘルメットを描いているだけなのに、そのヘルメットすら似ていない(笑)。
あいやこの時代にのちの破壊的ヘタウマイラストブームの到来を正確に予見していたのか、と却って感動を覚えるべきだったか?違うだろう。
本書はバイク生活をエンジョイする芸能人をはじめとした有名人二十六人へのインタビュー集。本文は『ベストバイク』誌の連載「素晴らしきバイクフリークたち」より一部を抜粋、加筆再構成したものであると巻末に記されていた。及び文中に「Tea Break」として山川氏自身の既発表バイクエッセイ十篇ほども再録されている。
自身もバイクに乗るという山川氏がライダーとしても知られる有名人一人ひとりと一対一で対峙し、インタビューを進めてゆく。清貧と高潔を旨とする二輪業界誌と違ってむせ返るほどカネの匂いが漂う自動車業界誌をベースに企画された本だけあり、さすがに制作体制も豪華なら取材対象も落語家から俳優、歌手、写真家等々とそこはかとないセレブ感が漂っているのである。
本書が出された1983年といえば長引く円高不況からゆっくりと経済が回復基調に乗り、社会全体がバブルに向かってパッパラパーなピンク色に染まりはじめた時期。バイクの世界にもようやく陽が当たり、なにやら流行の大波が寄せて来るのを実感できた。今日では芸能人が美容整形歴とか在日朝鮮族の出身をカミングアウトするのがブームになっているように、この当時は我も我もとライダー宣言をはじめて、古いオートバイ乗りの面々は苦笑を禁じ得なかったものだ。
失われた三十年と言われて好景気を知らないまま親になる世代もチラホラ出現している昨今からは到底想像できないが、国の根幹となる重厚長大産業を切り捨てたわがニッポンの1980年代は、ビックリするほどお気楽でチャラかったのである。
米山義男氏が1990年に出した『バイク伝説の神様たち』を思い出させる構成の本書、二百頁の本文にこれだけの取材対象を取り上げて自前のエッセイまで盛り込んでいるので、当然ながら一人当たりに割く紙幅はとても少ない。ディープに斬り込んで取材対象の人物像を顕にするというよりは、有名人それぞれの「今」を掬い取ってぱらりと文章化しつつ、オシャレな構図でカットを二三枚キメてハイ一丁上がり。そんな軽さの一冊といえようか。
しかしながらそこはマルチ文化人の山川氏。相手から短いながらもこれはと思う言葉をキッチリと引き出していて、一言が、一行が光るのである。なので、ソファに寝転がってちょっとお気楽にナナメ読みでもしとこうか、という気も起きなかった。かといってデスクに畏まって書見するほど堅苦しくもなく、そのファジーな編集スタンス自体が図らずも今の私に時代の雰囲気を思い出させてくれたといってよいかもしれない。
インタビューそのままに対話形式で再現していったのは、時代の熱を文字として定着させるのに効果的であり、利口なやり方でもあった。
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