Blackwater Rising

 
 ここは副都心。
 
 連休の最終日とはいえ、午前0時を過ぎた今もオフィス街をサラリーマンやOLが行き交ってます。
 つうか、休日出勤の打ち上げやりすぎて終電逃したんでしょうなぁ(笑)。行き交うというよりは、途方に暮れて彷徨ってんのかな。
 明るい公園の喫煙コーナーなんかにも屯って、無駄にスマホなんか覗いてますね。
 
 「なぁにアンタ。変質者?!」みたいな強張った険のある目付きで、ベンチから若い女がカバ男を睨め上げてきました。
 いいや違うって。オレは変質者なんかじゃねえよ。
 待てよ?ガンマンっつのは変質者枠に入んのかな、ニッポンの社会では。
 んへへへ。
 棒立ちのまま右手につまんだアイスの心棒をその女に突き出しました。濡れたままテラテラと不気味に光ってます。
 女は一層険しい表情。
「コレな、なんて書いてあんのかな。老眼なんでぇ」
瞬間、間抜けな顔つきでその棒を受け取りました、女。
んぁ?みたいな(笑)。
「・・・一本、あ、一本当たりって書いてある。当たってる」
「おお、やっぱ当たり?」
「そうそう、当たったのよコレ。すごい!!」
「おーよそうだろーと思ってたぜ。ざまーみろワハハ」
「やったやった、なんのアイス?すごい、もう一本食べれる!アタシ一度も当たったことないのに!」
 もう最前の警戒心はどこへやら。立ち上がってピョンピョン跳ねてます。
 眼なんかキラッキラ。
 
 騒ぎを聞いて灰皿の周囲でケム吐いてたオッサンが数人近寄ってきました。
「なんだなんだ」
「なにがなんだ」
「当たったの、このオジサン当てたのよアイス。ホラ」
「どれどれ、おーホントだ当たってる」
「おめっとさん、一服点けねえ自分のタバコで」
「あ私にもちょっと・・・なるほど当たりですなコレは。これホームランバー?」
「いえ、ガリガリ君のソーダ味です」
「もう一本食べれる!」
「めっちゃテンション上がった~」
「オレも当たったことあるよ。もう五年ぐらい前かな」
「私は新婚以来だから、これで十五年目ぐらいですかね」
「いやはや、是非ともあやかりたい」
拝むなっつの。
 
 ト、まあそんなことで、なんでしょうかね。イイ歳こいたオッサンねえちゃんが、たかがアイスの当たり棒一本で輪んなって盛り上がる盛り上がる。
 品川もここらあたりになると、妙に「誰でも地元民」っぽい下町のフレンドリーさがあるんですなぁ。
 
 ウチ帰ってきて、マヒロさんに起きて見てもらいました。
 ・・・、反応微弱(笑)。
「でもさ、オレたちが結婚した頃以来なんだぜ当たったの」
「ふ~ん。・・・だから?」
「ちょっと待っててね」
カバ男、深夜だっつのにごそごそキッチンでスパイスホルダーを漁りはじめます。クミンやフェンネルの壜が耳障りにガチャガチャと音を立てました。
 「あったあった、取っといたんだホラ」
出てきたのはガリガリ君の心棒一本。
「なあに、おんなじ物じゃん」
「だからさ、あん時の当たり棒なんだよ。記念に取っておいたんだ」
マヒロさん、寝ぼけ眼でじーっと見てましたっけ。
「ほら、ふたつを並べると十五年前の方が古くなって色が濃くなってるよ。でもおんなじ字が書いてある」
「あらホント、こんなに違うのね・・・」
「ね。時の経過って物をこんな風に」
寝るわ、と言ったきりマヒロさんはすたすたと自分の部屋に入ってしまいました。
 振り返らなかった。
 おやすみも言ってくれなかった。
 カバ男は、喋りかけた口を開いたまま、その場に棒立ちで取り残されてしまいました。
 
 真っ暗な中、手探りで洗面台の一番小さな明かりを点けます。
 鏡に映ったカバ男は、どんな顔をしていたでしょう。
 ちょっと萎んだみたいな感じです。
 しばらく二本の当たり棒を見詰めて何か思っていたようでした。
 やがてキュッと口元を引き締め、明かりのスイッチを切りました。
  
 また、真っ暗になりました。
 その瞬間、鏡の中でカバ男は唇を苦く歪めて、かすかに笑っていたのかな。
 
 残像が暗闇に少しだけ残って、消えてゆきました。
 
 
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コメント

非公開コメント

No title

妄想化と思いきや
実話なんですね!

ガリガリ君
一度も当たったことありません。

他のアイスで、『ハズレ』って書いて
娘には良く見せていますが・・・
娘は、『私のハズレも書いていない』と
ガッカリして・・・

未だ引っ掛かってくれる年の内
遊んでおきます。

No title

マヒロさんって誰っすか?

No title

長い時間が経つと人や物が古くなり、互いの関係まですっかり変わってしまう。トゆうおハナシでした。
私なりのエイジングばなし。

マヒロさんは、カバ男の飼育員です(笑)。
さん付けしないとエサくんないから〜。

No title

鹿児島のホワイトタイガーみたいに飼育員を噛み殺さないようにご注意ください😁

No title

こんばんは🌇
読ませますね~、文章力、アリアリです(๑˃̵ᴗ˂̵)
当たりって、何でも嬉しいです。
でっかい当たりより、日常の当たりが幸せ感増しますよ。
幸せのおすそ分け、頂きました(´∀`=)

No title

moncoさん、ワタシはまだ最低限の味覚がありますから、マヒロなんか喰うぐらいなら死んだ方がマシです(もう呼び捨て)。

こうのすけさんには、いつかお会いする時にこの棒お土産でどっすか。娘さんにはナイショでね(笑)。

きらりんさん、いつかもっと上手に書けるようになって、楽しくて面白い話を沢山たくさん用意します。お楽しみに!