一貴三妖秋天に途を失うこと

 

 今日ようやく『洋式帳簿製本の変遷と思い出』のエントリーを投入した。

 七月の読書で読んですぐに書きはじめ九月末に文書投入という、我ながら辛苦の道程であった。今もなお公開当日までの数日を利用して推敲と加筆を続けている。

 

 今回のエントリーでは間野義光氏の労作私家本を紹介しつつ、失われた高級洋式帳簿の世界をも垣間見せる内容を考えていた。

 戦前のわが国で大量に作られていた洋式帳簿は、頁に用いる白紙を折り畳むところから完成品の表紙に保護用ハトロン紙を巻くまで全ての工程が手作業で行われた、驚異的な物体である。しかも明治初頭から大正末頃までの時代なら、その全工程がたった一人の親方によって完結されることも稀ではなかった。

 パッセ・カルトンのルリユウル工芸製本と同じかそれ以上の作業量を注入した100%手工品である帳簿が、驚くべきことに戦前のわが国では些末な事務用品として日々消費されていたのである。

 

DSC_0033.jpg 

 

 古本でもなくアンティーク小物としても取り扱われない古帳簿の世界。今書き遺さねば、オレが書かねば本当に跡形もなく消え去って何も残らない。その気概だけでなんとか書き通したつもりだが、草稿を読み返すたび悪文に茫然とする毎日だった。

 まとにかく、今はなんとか月明けの公開を待つ心境にまでは辿り着けた。

 

 ちょっとコーヒー飲んで来る()

 

 

 





 

 

 

 

関連記事
スポンサーサイト



トラ(地方巡業)してますw

 

 ある日の伊勢佐木町商店街。雲が厚く今にも降り出しそうだった。

ザキかぁ。暫く来ない内にすっかりダサくなっちまって。男も女もみんなズック靴履いてガニ股でぺたぺた歩いてる。もうただのシケた地方都市に成り下がっちまったよな、ヨコハマ。

青江三奈も草葉の陰で泣いてるぜ。ははは


IMG_2414.jpg

 

 暑いは暑いが、港から吹いて来るだぶりと湿った風が重かった。

 でもさ、昔の横濱にゃいつもこんな風が吹いていたっけ。そう思い出せば足取りも(ちょっぴり)軽くなるよ。

 

IMG_2406.jpg 

 ぺたぺたぺた 

「お待たせいたしました。蟹でございます」

「え、カニ?これカニなの?」

「蟹です!ではごゆっくり」ぺたぺたぺた

はあ~、食えるのかコレ()

 


 


 

 翌朝の北総台地。千葉はイイやねーこんなにスッキリ晴れてっし。


IMG_2427.jpg



「カバちゃん!もっとスタスタ歩いてくんない?時間ないのよね」

ゴメンゴメン。もうすっかり買い物モード入っちゃってんね、マヒロは。目え吊り上がってっし、って元々か()


 

IMG_2431.jpg 


 

 そろそろブログ書かんとなぁー。こんなとこで爽やかにアウトレットとかやってる場合じゃねいんじゃねーの。



IMG_2429.jpg




 まあでも、


ドゥドゥビドゥウビードゥビドゥービドゥウワアー!


 お誕生日おめでとう、マヒロ!!

 

 

 




 

 

 

 

関連記事

「がちゃガバ様」異聞

 

 HOBBY FIX製『コルトM1911A1 1942年ミリタリータイプ』亜鉛合金ダイキャストモデル。

1977年の銃刀法改正によって、金属製ガバメント(M1911)族のモデルガンは製造販売が禁止された。本作はその法改正から四半世紀を経て、同社が完全合法新設計のモデルとして、満を持して世に放った製品。ネット情報などによれば2001年の出来事で、数量限定だったとされている。

 メーカーは市販化の準備段階に於いて、法令の解釈は当然のこととして執行現場に於ける要件の認定事例なども情報収集し、詳しい擦り合わせを行ったものとみえる。そのうえで尚顧客が絶対安全圏内で保護されるよう、疑念回避のためにほとんど内部メカを設けずに本作を製品化したようだ。

 したがって作動それ自体もモデルとされた実銃のガバメントをまったく再現しておらず、トリガーを絞ると連動するスライドが頼りなく前後にチャカチャカ動くだけのもの。往時の金属モデルガンのように火薬を使って轟音を放つことなど望むべくもなく、模擬弾の装填排出アクションを楽しむことも不可能なのである。そもそもマガジンを装着しようにも物理的に入らないし、バレルは前後が塞がったムクの金属棒なので、模擬弾が収まる内部空間すら存在していない。

 にも拘らず外観は非常に克明で、亜鉛合金とはいえ動かせば金属特有の硬質な響きがあり、重く冷たい迫真の存在感を身に纏っている。


見えているのがその現物で、軍用ガバメントの真正けん銃ならダークグレー一色のところを、国禁の縛めを受けて金色メッキが施されている。おまけにカチャカチャ作動のために止むなくセットされていたロングトリガーを史実準拠のショートタイプに付け替え、無作動化された個体なのである。

 

IMG_1964.jpg 

 

 「がちゃガバ様」という奇妙なモデルガンの噂を聞いたことがあった。

 最初は五年ほど前のことだろうか。平生そうした物とは無縁な暮らしを送っていた私のこととて、恐らくは数合わせで招かれたアメ横オフ会などの酒席で、マニア同士の雑談を小耳に挟んだものかと思う。

「“がちゃガバ様”ってゆうんだよね、あれ。知ってる?」

「んんーがちゃガバ様?聞いたこともねいが、ガバってこた、ひょっとしてガバメント」

「そうガバメント。でもさ、がちゃガバ様は普通のガバじゃないんだよね。有難いんだ。ご利益があるんだ」

「うはは冗談だろ。聖天様やお不動様でもあるめいし、モデルガンなんかが誰かの願いでも叶えてくれるっての。ありえねー、あちょっと姐さん杏仁豆腐一個持って来て」

「すいませーん、そこのタッチパネルでお願いしま~す♡」

こんな風に、冷や酒に朦朧となった頭で誰かと言葉を交わしたことだけを覚えている。


モデルガンとか軍装品趣味を商売にしている面々の間でひっそりと語り継がれる都市伝説「がちゃガバ様」。その御神体はまばゆいばかりの黄金色で、ブラックホールとかヴィクトリーショーとかといった、いわゆるミリタリー・イベントの会場に姿を現すのだとも言われていたようだった。

だがオフ会はそのまま散会してしまい、私もがちゃガバ様のファンタジーは忘れて退屈な日常へと戻ってゆくのだった。

 

それから暫くして、私はとあるプラモデラーのワークショップを訪れていた。主はすでに還暦を過ぎた趣味人で、金属モデルガンに関しても全盛期から今に至る半世紀近い歴史の、語り部として知られた人物。プラモデルやガレキ(ガレージキット)などに興味もなく客になったことすらないのだが、この主を訪い過ぎ去ったモデルガン黄金時代について取り留めのない思い出話をするのが、世間無用の私にとって折々の慰みなのである。
 その日は主も手が空いていたのか、興が乗るままにつまらない駄洒落の掛け合いなどで時間を過ごした。

「おおっとそろそろ帰らねいと電車がなくなる。風呂にも入らんと」

「んあーもうそんな時間か。まあ気を付けて帰んなさいよ、走って転ぶと怪我をするから」

「ふん、それほどジジイじゃねいぜ。じゃあの」

「また来いよ。そんときゃコイツの話でも」

ゴト。

 デッキジャケットを羽織ってドアを開けようとしていた私は、妙に硬質で重々しい金属の響きを背中に受け、ゆっくりと振り返った。そこには顔色の悪い鈴木ヒロミツが、あいや主が、作業台でキラキラと光るガバメントを前に不敵な笑みを浮かべていた。

「んんー?そりゃガバか。MGC?」

「目え上がってんじゃないよ。ホビフィよホビフィ」

「ホビフィ?ホビ、ああホビーフィックス。へえ、じゃこれがあの指アクションのガバかあ。よく出来てんねえ、リヤサイトは別パーツなんだ」

「がちゃガバ様な」

ん?

「“がちゃガバ様”って呼ばれていたんだコイツ」

「んなぁにー?!これがあのがちゃガバ様なんですと。マジすか」

「あ知ってた?まあ昔の話だけどね」

「ご利益があってなんでも願いが叶う神ガバなんだろ?へえ、これってその本物なの。じゃ、てことは、あんたがあの伝説の持ち主だっつう」

「伝説かどうかは知らないけどね。持ってたよ、いつも」

 

まだバカげたコロナ騒ぎもなく、不景気とはいえミリタリー趣味のディープな世界が活気(狂気)を失っていなかった時代。ミリタリー・イベント開幕直後の喧騒と全国から雲霞の如く集まったマニア連中の生み出す熱気には、尋常ならざるムードがあったらしい。

客入れが始まると、掘り出し物を狙って待ちに待った老若男女(女は少数)が目指すブースに向かって雪崩れ込んで来る。広大なイベント会場を彼らは全力で走る転ぶ飛び越える。口開けして数分も経たぬ内に、人気の出品ブースでは合成飼料にたかる養殖ウナギのように客同士(ほぼ男)が絡み合い、押すな押すなと降って湧いたような活況を呈するのである。しかして売り買いの怒号が高まり、会場はたちまち公設市場か事故現場かというほどの騒音に満たされてゆく。これも季節の風物詩といったらよかろうか。

 だが、その騒ぎも初めの内だけでそれほど長続きはしない。
 二時間も経てば大抵の客はお目当ての品をゲット完了。そのまま見逃したブースのチェックや更なる掘り出し物を求める緩慢な巡回モードが始まれば、場の殺気はゆっくりと鎮まり、それにつれて商売も一服の趣となってゆくのだった。

そんな時である。人気のない片隅の方から不意に硬質な金属の打ち合う響が二度三度と聞こえて来たような気がして、掘り出しパトロール中のマニアが足を止めた。しかし顔を上げて音のした方角を見ても、何も見えないし何も起きていない。空耳か?

 思い直して再び歩み出そうとした刹那、今度はもっとハッキリとその金属音が響いて来る。

カッシーンッ、カッシーンッ、カッシーンッ!!

「なんだなんだ」

周囲の客も異変を察知して動きを止める。

カッシーンッ、カッシーンッ、カッシーンッ!!

「なにがなんだ」

「がちゃガバ様だ。がちゃガバ様が出たぞ」

「はあー、今年も出たか!」

カッシーンッ、カッシーンッ、カッシーンッ!!

「何処だ何処だ。今日という今日は拝みに行かねば」

音を潮に人の流れが変わる。その音は会場の高い天井と空虚なマニアの心に繰り返し反響し、閑古鳥の鳴いていたブースに三々五々と客が蝟集を始めるのであった。

 

 「そんなところだったかな。なにしろお客さんが集まって来るのさ」

「人を引き寄せる力があるのか、このガバメントには」

「いやいやもっと単純な話。だってあの頃は、モデルガンといえばほとんどプラスチックになっちゃってたからねえ。イベントでもメインで売られていたのはプラのエアガンばっかりだったし、どう動かしても金属的な響きは出なかった。だから俺がタイミングを見計らって派手にコイツのスライドを動かせば、なんだなんだ的に興味本位で人が集まって来たというワケさ」

「なるほど」

「十人集まればその内の何人かがパーツや用品を買ってくれる。買わなくたって、金属モデルガンの時代を知ってる古いマニアが話しかけてくれたりするワケじゃん。それで昔話に花が咲いたりすれば、こんなヤツがいるんだなって覚えてもらえる。で次は最初からウチのブース目当てで買いに来てくれたりしたんだよ」

「通行人の足を止めて注目させるったあ物売りとか大道芸の基本だもんな。なあるほど。それと同時に、集まってくれた客の願い事を叶えてあげたっつう」

「あるワケないだろそんなこと。俺は宜保愛子か?そうゆうのはきっと誰かが話を盛ってるんだよ」

「むうそうなのか。てことは、がちゃガバ様というのは、要するに普通の指アクションモデルだった。そうゆうことなんだね?」

「そうだよ。だけど、コイツを鳴らすと物が売れた。有難いよね、だってイベントなんか場所代払ってブースを出してるワケだし、コイツをガシャガシャって何回か鳴らせばショバ代の足しぐらいに売り上げは出たんだからねえ。それで周りの誰かが呼ぶとはなしに冗談で“がちゃガバ様”って呼びはじめたんだろうよ」

そこまで語り終え、主は冷めきった缶コーヒーを飲み干した。


 作業台に向き直り、私はがちゃガバ様の御神体、すなわちホビーフィックス製の指アクションモデルを手に執って仔細に観察してみた。
 全体的に厚手のメッキが施されていたが、よく見ると往時の金属製モデルガンとは違って表面に鋳型の跡が残っていないのが分かる。勿論ヤスリやベルトサンダーなど粗雑な手加工の痕跡はどこにも見出せない。メーカーはダイキャストであることを感じさせないように、手間をかけてパーティングラインを処理しているようだった。
 指の腹に感じる冷たく重くヌルッとした握り心地は実銃の感触を蘇らせ、レンジのバックヤードにでもいるような感覚の混乱を生じさせる。

構えてみるとリヤサイトやエジェクター、エキストラクターのメッキが色違いとなっており、別のパーツになっているようだった。四十年も前に玩弄していた東京CMCの製品とは佇まいがまるで異なっている。
 意地悪くゆっくりスライドを動かしてみて気付いたのは、バレルがほとんど遅れずに追従してくる点だ。何度やってもバレル後端のフードがピッタリとスライドに接したまま後退してくるのは、ロッキングラグが精度良くスライド内面と嵌まり合っている証拠なのである。これには驚いた。

「あ、リコイルスプリングだけはMGCのに替えてあるよ。その方が響きが良いんだよね。変えたのはそこだけ」

 この時は私もこのモデルを初めて見たので分からなかったが、今思えばたしかにスライドを引く手にはそこそこのスプリング抵抗を感じていた。指アクションというメカは、トリガーに掛けた人差し指一本の力だけでガバメントの重いスライドをピストン運動させるものである。その必要上、関連するスプリング類はすべて極端に低いバネ定数のものを、イニシャルプリロードもほとんど与えずに用いざるを得ない。

 つまりがちゃガバ様の御神体とされるその個体は、指アクションで遊べなくなるのと引き換えに残響音が大きくなるよう、強めのスプリングでスライドの復座スピードを上げるセッティングが施されていた、ということのようだった。こっそりバレルブッシングを確かめたが、やはりクリアランスを詰める高精度なフィッティングが施されているように見えた。


 「ありがとう。幽霊の正体見たりじゃないけど、コトの真相なんて概してそうゆうもんなんだね」

「普通のガバよ。神とかなんとかは周りが勝手に言うだけで、俺自身は普通に接してるだけなのさ。ミステリーは、ない」

「ところでこのシリアルナンバーは、どうゆうこと?極若番だけど、なんか経緯でもあったワケ。限定本やオリジナルのリトグラフなんかならこの番号は著者家蔵本といって、作家の門外不出にされるほどなレベルだよ」

「あ、そう。気にしたこともなかったよ。だけどダイキャストなんだからさあ、カッコいい番号のまま何個だって作れるじゃん。昔のモデルガンを忘れたのか」

「むうそれもそうだ。だがね、これほどのクオリティーで製品を作るんだから、メーカーだってシリアルナンバーの持つ意味ぐらいは重々承知していたはずだろう。こんなに若い番号でホイホイ何個も作るかねえ。どうも引っかかる」

「いやいやいや、どういたしまして。ところで言っちゃあなんだけどさ、今カバ男が引っかからなくてはいけないのは、ソコじゃないんじゃないのかな?」

親切そうな笑みを浮かべた主は、そう言いながら軍隊式に左の手首を右手の人差し指でとんとんと叩いた。つられて私も腕時計に目を落とす。

「ありゃまー、終電行っちゃったよ!」

「ははは」

「バスは、あバスなんかあるワケないよな」

「はっはっは」

「かといってこんな場末に流しのタクシーなんか通らねっし」

「悪かったな場末で。歩いて帰んなさいよ。足を使え足を」

「ハッ、そうだ。がちゃガバ様がちゃガバ様お願い申します!どうか終電の前まで時間を戻してください!!なまんだぶなまんだぶノーマクサンマンダーアビラウンケンソワカ」

「バカじゃねえの」


IMG_1966.jpg

 

 金属モデルガンの長い歴史を振り返る時、私は幾つかの特異な個体を思い浮かべることができる。制作者の強い情念が金属に宿り、生み出された特殊なモデルの数々。その中でもひときわ特殊な由来、精度であったり稀少性であったり関わった人物のレジェンドであったり、そうしたものを濃密に身に纏ったオーラのある個体はたしかに存在している。

だが、それらの大半は名のみ知られても人目にほとんど晒されることがなく、持ち主から次の持ち主へとひっそり伝世してゆくようである。その後にはマニア連中お得意の知ったか話が妄想に妄想を上塗りし、一個の玩具でしかなかった金属モデルガンを伝説に祀り上げてゆく。
 その後がちゃガバ様を見せてくれた主のワークショップが人知れず手仕舞されていたと聞いた時、また伝説が独り歩きしはじめるのかと、少々悲しい気分にさせられた。あの極若番の「御神体」は今、何処にあるのだろう。

私は不図、アメリカで行方不明になっているという六研ファストドロウ・スペシャル№12のペアガンを思い出した。アメリカ本国で勇名を轟かせた早撃ちガンマン、マーク・セル・リードの自宅に押し入った命知らずが、本来の持ち主より託されていたオモチャのモデルガンを二個かっぱらって逃げて行っただけという、不可解な噂。

がちゃガバ様の御神体もまた、この先そうした噂の霧に巻かれて金属モデルガンの歴史に埋もれてゆくのであろうか。

 強い情念を籠めて生み出された個性ある金属モデルガンを待ち受ける宿命。物に巣食う人間の業。
 動かぬ金属モデルガンなどどこが怖いものか。本当に怖いのは、人間の欲なのである。

 

 

 

 





 

 

 

関連記事