台湾レトロ建築さんぽ 鉄窓花を探して
辛永勝・楊朝景共著、小栗山智翻訳『台湾レトロ建築さんぽ 鉄窓花を探して』一冊本書影。
本書は、六本木のエクスナレッジという書局により2021年12月に開板上市された、建築装飾の探訪書。A5判無線仮綴じカバー掛け、総多色刷り印刷で190頁の軽装本である。軽装、とはいえ中厚の本文用紙にエンボスを施した渋色の遊び紙を合わせ、これを磁器のような手触りの空色の仮表紙でくるむ装幀センスが心地よく味わい深い。心を砕いたブックデザインである。気になってぱらぱらと頁を繰ったところ、目次裏頁に「装丁 岩元萌」のクレジットを見つけた。
手に取れば本扉やカバーに原題とおぼしき『老屋顔與鐵窗花』の一行が見受けられることで、この本が繁体中文で書かれたものの邦訳書であろうことが察せられる。「序」に続いて「第一章 鉄窓花と出会う」「第二章 タイプ別鉄窓花」「第三章 鉄窓花に思いを寄せる」の三章で趣深い鉄窓花の楽しみが縷々綴られてゆく。非常にエモーショナルながら抑制的な語り口が南国台湾の穏やかな生活リズムを思い起こさせ、しかし分析的でもあり、情に流されない明晰さが却って私の心を打つのである。
「鉄窓花(鐵窗花)」という言葉を私は本書で初めて知った。国語としては“てっそうか”と読めばよいのであろうか。文中では「ティエチュアンホア」とルビが振られている。
これは、元々外に向かって開いた窓の外側に設ける面格子というフェンスのような物で、飛来物から窓ガラスを保護したり家財を狙う侵入盗を寄せ付けないための機能がある。台湾では、その鉄棒だけで縦横に組まれる味気ない面格子の中に簡素な意匠を溶け込ませて窓周りのアクセントにした家屋が沢山あり、これを鉄窓花というのだそうだ。
製作は当然窓のサイズに合わせた一点物の手作りで、家やビルの建設に伴って依頼を受けた町工場の片隅で、鉄工職人が思い思いのセンスと技で組み上げてゆく。どこか懐かしく、どの鉄窓花にも見ているだけで心ほぐれる古拙の味がある。本書の定義に於いては、この窓飾りを作る技法を用いて建物の様々な部位に施された鉄線装飾をも、鉄窓花として含んで論じている。
鉄窓花の歴史は古く、戦前の日本統治(臺灣総督府)時代が始まる前後頃から1980年代の末頃まで、仕舞屋から集合住宅や商業ビルの類にまで非常にたくさんの窓という窓がこの手作り意匠で飾られていたそうだ。人情厚い台湾で家財防衛のための鉄格子がそれほど必要とされていたのかと奇妙な感覚が頭をもたげるが、たしかに「ほっこり美味しい」あの台湾にも、陰風渦巻く騒然とした時代はあったのである。
やがて何処も同じ近代化という名の文化テロが台湾にも吹き荒れる。錆びやすく維持管理が面倒なことや地震火災などでの屋外脱出を妨げる危険性などネガティヴな面ばかりを攻撃され、「鉄牢」の汚名まで冠せられた物言わぬ鉄窓花は、次々と破壊され鉄屑と化していった。旧弊打倒の嵐が落ち着いた現在でもこの愛嬌ある手作り鉄窓花に関しては、古臭く稚拙な建築意匠として毛嫌いする風潮と古き佳き固有な文物の一つとして現状保存してゆこうとする活動と、両極端に分かれているようである。
著者の辛・楊両氏は自国のレトロ建築が好きすぎて「老屋顔(ラオウーイェン)」というコンビを結成し、台湾全土を巡って古き佳き建築の取材記録を始めたのだという。それは公費を容れないまったくのプライベートな行動であり、探訪の成果はフェイスブックでの活動発信から出版活動へと順次展開している最中らしい。見直せば、たしかに本書の帯にも「台湾のレトロ建築ユニット「老屋顔」の本第3弾!」の表記が見つかった。
彼らはその活動の中で鉄窓花の地域的な特色やデザインに秘められた寓意を発見し、偶然の邂逅からひとつひとつの鉄窓花に籠められた家主の思いと家族の歴史に触れたりしながら、遊行を重ねてゆく。読み進む内に、古く好もしい各地の食材や工芸品を訪ね当てて流通に乗せて行ったあの神農市場の活動とイメージがダブる瞬間もあったが、こちらは経済的な利益を予定しない好事家の所業。それゆえ尊敬に値する行動だと思う。
収録されている写真はすべて老屋顔コンビの撮影になるもので、すでに取り壊されて現在は存在しないサンプルをも含んでいる。その優しい色調と安定した構図が彼らの鉄窓花愛を雄弁に物語っており、かつ臨場感に溢れて大変珍しい視覚資料ともなっている。
- 関連記事