遠くに入道雲 2

 

 古びた喫茶店の二階にて。

 入口のガラスには「西五反田店」なんて書いてあったけど、本当は大崎広小路の交差点脇にある。まあイイけど。そもそも最初はただの「カフェ・ヴェローチェ」でしかなく、支店名なんかなかったし。

 

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 この喫茶店が開業したのは、あれはバブルが飛んだ直後だったんじゃないかな。ドトールコーヒーはもうチェーン展開を始めてたけど、スターバックスコーヒーなんか影もカタチもなかった。

 まだどこの喫茶店にもマスターとボーイがいて、下手すると席に着いたら男装の美少女が目の前でミネラルウォーターの栓を抜いていった時代。代金先払いのうえコーヒーを自分で席まで持って行かされるチェーン店は、まあハッキリ言って誰からも喫茶店とは見做されていなかった。


 最初この窓には「ゆうぽうと」という劇場付きホテルの裏壁が迫り、日陰で薄暗かった。二階は煙草喫み放題の居座り放題。カップルが灰皿から吸殻がこぼれるのもお構いなしに夢中で喋り合ったり、チェーンスモークで指を真っ黄色にしながら文庫本の一気読みに挑むオッサンの姿があったり。商売の盛んな土地だからこの店は朝早く夜も遅かったので、地元の人々には会議室代わりの便利な店ではあったのだろう。

 そうそう、演歌ショーやバレエ発表会の開場待ちで夥しい量のファンがすし詰めになるというのも、この店の特徴的な(困った)風景だった。

   そして三年前の今頃、折れた左手首をシーネで固定したカバ男が病院帰りに立ち寄り、なんかの思い出にと店内風景を撮った。でそれをトップ画像に置いて、ヤフーブログに『カバ男のブログ』を書きはじめたんだ。 

 三年かぁ。

 また今年も、入道雲の季節だよ。


  ヴェローチェ、三十年近く健闘しているね。広小路一帯に根を張り、地元民の暮らしの一部になってきたと思う。その間にフロアのレイアウトもずいぶん変わり、裏の「ゆうぽうと」も建て替えでここ数年は更地のままだ。

 おかげで窓には日光燦燦、池上線のホームでぢゃれ合う女子高校生のパンツも見放題さ(嘘)。

 

 

 


 

 

 

 

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星に願いを

 

 近所の駅を通ったら、今年もまた笹竹と短冊が置いてあった。


 

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 咄嗟に一筆。


 無欲になったよなぁ我ながら。・・・んへへへへ。

 

 

 




 

 

 

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古本応酬

 

 五月某日、自宅にてようやくGeorgeに『ダンディズム』の奢灞都館原刊本を渡すことができた。こちらの立ち回りが悪く礼物を渡すのに足労をかけてしまったが、なんとか肩の荷を下ろせてやれやれと背をのばす。

 ほかにも新収の珍しい本とか帳簿の修復情況とか、本以外の諸々とかと次々見せながら話は尽きない。一年近くも会っていなかったのだから積もる話も見せるガラクタも大概ではないのである。とにかく全部見るだけ見てもらう。彼の目にひとつひとつの佇まいを残せさえすればそれでよいのだ。

マヒロが周りをウロつくので何かと見たら、お茶を出すタイミングが取れずに狼狽していた。いやいや本の近くで水気などもっての外、な持ち来給ゐそとお引き取りねがう。

 

 さて問題の『ダンディズム』。用意の一冊をGeorgeの前にパタンと置く。

「ホラこれね。外装に帯付きで、開くと葉書と刊行案内も付いてる。それをどかすと、ね、生田さんの署名入りだよ」

「こんなに良いのじゃなくて読めればいいんだよ。文庫で充分」

「分かるけど、そうゆうワケにも参らんよ。こちらにも沽券がござる」

「でも読んで傷んだりしたら困るんだよなあ。今オレの部屋もちょっと大変なことになっててさ」

「コイツは読んだぐらいで傷むほどヤワな造りじゃねえよ。それに初版『ダンディズム』はほとんどが署名本。平気だよ」

「しっかしなあ」

「つべこべ言わずに読んでおきなさいよこの版で。原刊本は緊張感が違うんだから。だいたい矢野さんの『拳銃図鑑』くれるってんなら、こんぐらいは人身御供に進上いたさんと()。あと『本流カタログ』だって、もうかれこれ十年は借りっぱんなってんだろう」

「いやあれもお前にやったんだから気にすんなって」

「そんじゃ貰いっぱなしになるからダメよ。あとは・・、じゃフェラーリ展覧会の図録とか持ってく?ジョー山中の写真集もあるよ。そうだ博文館の文鎮あげようか。珍しいもんばっかだよ」

「断る」

などなど言葉しずかに義理の押し引きがあって、やれ問答無用とばかり熨斗を切った手ぬぐいで件の本を手早く巻いて押し付けた。これでスッキリ貸し借りなし。子供の頃からその辺はきっちりキメてきた我々なのである。

「おーしようやく懸案事項の整理がついた。メシでも食おっか。え、銀座でビリヤニ。食って来たばっかし?あそうワハハ。仕方ねえなおーいマヒロ君、そんじゃお茶持って来てくれ給え、わっはっは。・・・あれ、マヒロ君?マヒロ・・・マヒロさん、お願いできますか」

「やあよ。あんたたち喫茶店行ってやんなさいよ。あたしドンキーコングの続きやりたいのよね」

おそるおそる覗くと、話に入れなかったマヒロはキッチンでタコみたいに口をとんがらかせ、一人でぷりぷりしていたのである。マジ危険。

 

 なるほどGeorgeのマイブームは今、ダンディズムか。そんなら堀洋一さんの『ボウ・ブランメル』も読んどいた方がいいんだけどな。『ダンディズム』と両方読んで、それから『アルフレッド・ドルセー小伝』に進めば流れとしちゃあ申し分ないんだ。

 にしても、マヒロはすっかりご機嫌ナナメだぞ。あいつは女のくせに怒れば怒るほど静かになるタイプ。あいつが黙っちゃったらギャグも騙しも利かない。いまごろプンすかしながらドンキーコングをやってんだろうし、こいつぁ何かお菓子でも買ってかないと後を引きそうで怖いな。

 といって何を買ったら喜ぶのか。マヒロの好きなお菓子なんてさっぱり分からん。店だって有楽街のドンキぐらいしか思いつかないし・・・。ドンキドンキ、はてドンキホーテとドンキーコングってなんか関係あんのかな。ットいかんいかん、フォーカスしなきゃ。今はドンキよりドンキズム、いやダンディズムさ。

どれ、『本流カタログ』二冊のカタにちょっくら市中の古本でも探してみっか。

ただ最近じゃ『ボウ・ブランメル』すら町場の古本屋にゃ置かれなくなっちまったし、『ドルセー小伝』なんか二十部ぐらいの私家版だから最初っから知名度はゼロ。ダンディズム評論の王道を辿ってゆく場合、どんな読書家にとってもココがネックんなってくるに違いないんだ。あの本はそこいらのチンピラ古書店に在庫確認なんかしたって、まず出ちゃあ来んだろうしな。そうかといって上げちまえば簡単なのはわかるけど、オレもさすがに一冊しか持ってないからな、ドルセー小伝。

どうせ探すんなら一度も繙かれたことがない極美本を探し出してみたいもんだよな。ブツさえあれば、文化消滅のこのご時世だもん二冊まとめたってそれこそ二束三文、高あ知れてるさ。とはいえ今から探しはじめて、さて何年かかるか。死ぬまでに見つけ出すこと、できっかな・・・。

 マヒロに追い出されて二人で逃げ込んだ喫茶店の「喫煙ブース」でぷかぷかケムを吐きながら、私はそんな事をぼんやり考えていた。

 

 「あのなあ、ウチの本棚からこんなの出て来たんだけど。表紙に「大藪春彦監修」って書いてあるんだよな」

席に戻るとGeorgeがゴロリンと本を出してきた。『世界拳銃百科』昭和三十六年出版。はうッ!

「あとこんなのも一緒にしまってあった」

岩堂憲人『ザ・ガン』1961年出版。はうあぁッ!!

「やるよお前に」

やみてー!も、も、もうやみてちょーだい(ヨコヤマ弁護士風)!!

 

 結局Georgeは二冊とも置いて、ハンカチ振って横浜へ帰ってしまった。

 ひとつ終わればひとつ始まる、カバ男のモデルガン考古学。私は今回またしてもGeorgeの思惑どおり、昭和のけん銃図書を一から調べる羽目になってしまった。

 そもそも我々は遠の昔にモデルガンなどとはスッパリ縁を切って未練のカケラもないのである。しかし自称モデルガン通などという若い輩の百人が九十九人、寄ると触ると聞き飽きた同じ話の繰り返しに終始してとうとう半世紀。発見も創造もしない偽りの昏睡状態に甘んじているというお寒い情況が続いているのである。誰かがその現状に風穴を開けるべきなら、紙もん資料の分野では、気付いてしまった我々がやってゆくしかないのであろう。

 まそれはそれでイイのだけど、「お前にやるよ」と言うからには例によってこの二冊、返却したくとも彼は頑として受け取らないのだろう。借り作っちまったよなぁ今度も。

 

 こりゃいよいよ本気で古本探しに乗り出すか。雑本とはいえここまで嵩がのしてしまったら、礼にドルセー小伝の一冊も探し出さないことには収まりつかんだろう。

 足が言うこと聞くうちに動きはじめんと。もう若い頃のようにアオりは効かないぞ。

何年かかるかな。終われるかな。

んへへへへ。

 

 

 

 





 

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Tumbleweed Stampede

 

 Tumbleweed・・・。

 西部劇lっつったら、ガンマンの決闘シーンだよね。

 ショットガンを構えたヒーローの向こう側を、ちっちゃな丸い枯草が風に吹かれてコロコロと転がってく。

タンブルウィード。風変りだけどあまり記憶に残らない、アメリカではありふれた風景のひとつなのかな。

 乾燥した大平原に実際に生えてる草みたい。

 

 

 

Tumbleweed Stampede   in Youtube

 

 

 

 

 

 

 

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決戰時刻

 

 まだ喫茶店のテーブルで悠々と紫煙をくゆらせていられた時代の、懐かしいワンカット。廃番となってしまったピースミディアムの箱が涙を誘う。


私がふんぞり返っているここは目黒権之助坂の中ほどにある純喫茶・銀座ウエスト目黒店。言わずと知れたあの名店ウエストの、数少ない支店のひとつである。

平日の昼下がりとみえ、窓際では地元の旦那風なおっさんがのんびりとメニューに目を走らせ、こなたひと成り何十万の風采で男が名物のモカケーキを頬張っている。外に停まっていた運転手付きの黒いクルマは、恐らくこの男が待たせているのであろう。

目黒界隈で人と会う時は屡々ここを使っていた。ウエストは席に着くとミネラルウォーターが運ばれて来る店だったので、口から先に生まれた小僧や数こそパワーのカルチャーババアどもが恐れて寄り付かないからだ。

なんにせよ至極平和、極端に静かな店内が心地よかった。

 

この席からはケーキの陳列ケースが見渡せ、窓からは一番遠く、しかもこれから現れる対手は不浄への出入り姿を私に見せずに済む。さて今の内に一服、心を静めようとした刹那、なにげなくこれを撮った。

 ビニール袋に入った紙の束はブロシェで、菊倍判の大型本。稀少図書の棚を漁り、元箱から抜いて持ち出して来ている。

 この本には正式な書名が与えられておらず、通常は『アラビアンナイツ上海版』と呼ばれている。昭和初頭に上海は佛蘭西租界で製作されたというまことしやかな伝説を纏った秘本である。

 見えているのは頁の小口すら切り開いていない「A版」の極美完本サンプル。眼鏡と対比してその大きさが推察できるだろうか。


 もうひとつの小振りな束はプレス・ビブリオマーヌの『猫目石』未綴じ。こちらも完全状態のセットながら、函を残して持参した。

 各巻に附録された通信文はもとより、脱失されることの多い貼り込み小物の類が全て保持されているサンプルは、当時でも珍しくなっていたはずだ。

 

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 連れが来るまで注文を取りに来ないでほしいとウエイトレスに伝える自分の声が、かすれていた。目を落とすとピースの火が小刻みに震えている。喉がやけに乾くのだが、指を濡らすのを厭い卓上の水に手を付けられない。


 さてこそ約束の刻限は迫る。一回り以上も年下のルリユウル作家はもう、目黒駅の改札口を出ただろうか。これらの本を、彼女はどんな目付きで一瞥するだろう。不安が胸を過る。

 私はあの華奢な長い指を思い出しただけで怯えている自分に気が付き、ちょっぴり傷ついた。ときめいているのかとも思ったがその感覚とは違う。私の中でこの作家は、学校出たての小娘然とした姿のままいつまでも変わらないのである。その作家に作品制作を依頼するというだけなのに、無性に緊張している。

 もう一度時計を見る。

時刻は変わっていなかった。


 

 この画像に写っているものの大半は、今や存在していない。人は年老い店は無くなり、震える声を隠してアイデアをやり取りした二冊の紙束も、達人の一撃で見事な作品に姿を変えているからだ。

十年ほども前の、愛書・エピソオド。

 

 

 





 

 

 

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The Last of Us 2

 

 急な雨だというのに誰も外出自粛なんかしていなかった、初夏の日曜日。


 クワトロフォルマージョのピッツァにはハチミツの申し出を笑顔で断る。

 サラダバーとコッコリは取り放題。毒薬のようになめらかな舌触りの冷製スープは、ラーメン丼でがぶ飲みしたいほどの味だった。

食後に冷たいコーヒーをと言ったら「アイスコーヒーでよろしいんでしょうか」と念を押されてギャフン。

 

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 席に着くと必ず近寄って来る星の王子様みたいなヘアスタイルのお姉ちゃんを気にしつつ、子猫のような目をした子に手だけ写ってもらった一枚。あいや、ボーイッシュな子も決して嫌いというワケではないので念のため。

 古いエントリー『 The Last of Us 』で寸描したこの店、その後もメニューやサービスの内容を見直しつつなんとか生き延びていて嬉しい。

 この味を奪われたら、東口のガリバルディを失った時以上に打ちのめされてしまうのは間違いないのである。頼むぜ!

 

 

 

カバ男のブログ・旧エントリー 『 The Last of Us 』

 

 





 

 

 

 

 

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