五月某日、自宅にてようやくGeorgeに『ダンディズム』の奢灞都館原刊本を渡すことができた。こちらの立ち回りが悪く礼物を渡すのに足労をかけてしまったが、なんとか肩の荷を下ろせてやれやれと背をのばす。
ほかにも新収の珍しい本とか帳簿の修復情況とか、本以外の諸々とかと次々見せながら話は尽きない。一年近くも会っていなかったのだから積もる話も見せるガラクタも大概ではないのである。とにかく全部見るだけ見てもらう。彼の目にひとつひとつの佇まいを残せさえすればそれでよいのだ。
マヒロが周りをウロつくので何かと見たら、お茶を出すタイミングが取れずに狼狽していた。いやいや本の近くで水気などもっての外、な持ち来給ゐそとお引き取りねがう。
さて問題の『ダンディズム』。用意の一冊をGeorgeの前にパタンと置く。
「ホラこれね。外装に帯付きで、開くと葉書と刊行案内も付いてる。それをどかすと、ね、生田さんの署名入りだよ」
「こんなに良いのじゃなくて読めればいいんだよ。文庫で充分」
「分かるけど、そうゆうワケにも参らんよ。こちらにも沽券がござる」
「でも読んで傷んだりしたら困るんだよなあ。今オレの部屋もちょっと大変なことになっててさ」
「コイツは読んだぐらいで傷むほどヤワな造りじゃねえよ。それに初版『ダンディズム』はほとんどが署名本。平気だよ」
「しっかしなあ」
「つべこべ言わずに読んでおきなさいよこの版で。原刊本は緊張感が違うんだから。だいたい矢野さんの『拳銃図鑑』くれるってんなら、こんぐらいは人身御供に進上いたさんと(笑)。あと『本流カタログ』だって、もうかれこれ十年は借りっぱんなってんだろう」
「いやあれもお前にやったんだから気にすんなって」
「そんじゃ貰いっぱなしになるからダメよ。あとは・・、じゃフェラーリ展覧会の図録とか持ってく?ジョー山中の写真集もあるよ。そうだ博文館の文鎮あげようか。珍しいもんばっかだよ」
「断る」
などなど言葉しずかに義理の押し引きがあって、やれ問答無用とばかり熨斗を切った手ぬぐいで件の本を手早く巻いて押し付けた。これでスッキリ貸し借りなし。子供の頃からその辺はきっちりキメてきた我々なのである。
「おーしようやく懸案事項の整理がついた。メシでも食おっか。え、銀座でビリヤニ。食って来たばっかし?あそうワハハ。仕方ねえなおーいマヒロ君、そんじゃお茶持って来てくれ給え、わっはっは。・・・あれ、マヒロ君?マヒロ・・・マヒロさん、お願いできますか」
「やあよ。あんたたち喫茶店行ってやんなさいよ。あたしドンキーコングの続きやりたいのよね」
おそるおそる覗くと、話に入れなかったマヒロはキッチンでタコみたいに口をとんがらかせ、一人でぷりぷりしていたのである。マジ危険。
なるほどGeorgeのマイブームは今、ダンディズムか。そんなら堀洋一さんの『ボウ・ブランメル』も読んどいた方がいいんだけどな。『ダンディズム』と両方読んで、それから『アルフレッド・ドルセー小伝』に進めば流れとしちゃあ申し分ないんだ。
にしても、マヒロはすっかりご機嫌ナナメだぞ。あいつは女のくせに怒れば怒るほど静かになるタイプ。あいつが黙っちゃったらギャグも騙しも利かない。いまごろプンすかしながらドンキーコングをやってんだろうし、こいつぁ何かお菓子でも買ってかないと後を引きそうで怖いな。
といって何を買ったら喜ぶのか。マヒロの好きなお菓子なんてさっぱり分からん。店だって有楽街のドンキぐらいしか思いつかないし・・・。ドンキドンキ、はてドンキホーテとドンキーコングってなんか関係あんのかな。ットいかんいかん、フォーカスしなきゃ。今はドンキよりドンキズム、いやダンディズムさ。
どれ、『本流カタログ』二冊のカタにちょっくら市中の古本でも探してみっか。
ただ最近じゃ『ボウ・ブランメル』すら町場の古本屋にゃ置かれなくなっちまったし、『ドルセー小伝』なんか二十部ぐらいの私家版だから最初っから知名度はゼロ。ダンディズム評論の王道を辿ってゆく場合、どんな読書家にとってもココがネックんなってくるに違いないんだ。あの本はそこいらのチンピラ古書店に在庫確認なんかしたって、まず出ちゃあ来んだろうしな。そうかといって上げちまえば簡単なのはわかるけど、オレもさすがに一冊しか持ってないからな、ドルセー小伝。
どうせ探すんなら一度も繙かれたことがない極美本を探し出してみたいもんだよな。ブツさえあれば、文化消滅のこのご時世だもん二冊まとめたってそれこそ二束三文、高あ知れてるさ。とはいえ今から探しはじめて、さて何年かかるか。死ぬまでに見つけ出すこと、できっかな・・・。
マヒロに追い出されて二人で逃げ込んだ喫茶店の「喫煙ブース」でぷかぷかケムを吐きながら、私はそんな事をぼんやり考えていた。
「あのなあ、ウチの本棚からこんなの出て来たんだけど。表紙に「大藪春彦監修」って書いてあるんだよな」
席に戻るとGeorgeがゴロリンと本を出してきた。『世界拳銃百科』昭和三十六年出版。はうッ!
「あとこんなのも一緒にしまってあった」
岩堂憲人『ザ・ガン』1961年出版。はうあぁッ!!
「やるよお前に」
やみてー!も、も、もうやみてちょーだい(ヨコヤマ弁護士風)!!
結局Georgeは二冊とも置いて、ハンカチ振って横浜へ帰ってしまった。
ひとつ終わればひとつ始まる、カバ男のモデルガン考古学。私は今回またしてもGeorgeの思惑どおり、昭和のけん銃図書を一から調べる羽目になってしまった。
そもそも我々は遠の昔にモデルガンなどとはスッパリ縁を切って未練のカケラもないのである。しかし自称モデルガン通などという若い輩の百人が九十九人、寄ると触ると聞き飽きた同じ話の繰り返しに終始してとうとう半世紀。発見も創造もしない偽りの昏睡状態に甘んじているというお寒い情況が続いているのである。誰かがその現状に風穴を開けるべきなら、紙もん資料の分野では、気付いてしまった我々がやってゆくしかないのであろう。
まそれはそれでイイのだけど、「お前にやるよ」と言うからには例によってこの二冊、返却したくとも彼は頑として受け取らないのだろう。借り作っちまったよなぁ今度も。
こりゃいよいよ本気で古本探しに乗り出すか。雑本とはいえここまで嵩がのしてしまったら、礼にドルセー小伝の一冊も探し出さないことには収まりつかんだろう。
足が言うこと聞くうちに動きはじめんと。もう若い頃のようにアオりは効かないぞ。
何年かかるかな。終われるかな。
んへへへへ。