ぼくとバイクの二人ごと 日本一周ツーリング
摺本好怍著『ぼくとバイクの二人ごと 日本一周ツーリング』。1985年7月グランプリ出版刊、A5判仮綴じ168頁カバー掛け。サブタイトル的に「摺本好怍スケッチ集」の文字が表紙タイトルなどに添えられている。
バイク好き模型好きの間で夙に名の知られたイラストレーターである摺本氏による、バイク日本一周紀行。旅日記に加え、単独行の道すがら氏の目に留まった趣ある風物が、温かみのある独特な画風のイラストで毎頁展開されてゆく。本書は成立に関する詳しいコメントが見当たらないが、バイク専門誌への連載寄稿をまとめたものと思われる。
すでに版元ではブックデザインのフォーマットを確立していた時期の本なので、白地の天地にロゴを配した外連味のない背表紙を一目見れば、ああグランプリ出版の新刊だなとすぐに分かるものであった。
島国である日本を一周するということは、取りも直さず全国の海を見て回るということなのである。往く道の片側には常に海があり、船があり、港がある。八月の旧盆過ぎに始まり夏の盛りを走り抜いて九月に終わったこのツーリングを描いたイラストには、だからどの作品からもほろ苦いような潮風を感じることができる。その海辺の、ちょっと寂れたような古ぼけたような懐かしい景色が、摺本氏の心のフィルターを通って一層染み入るような味わいと化し、頁を繰るごとに迫って来るのだ。そしてキリッとした描線と半調を用いない陰影の強さが、容赦なく照り付ける夏の陽射しを想わせるのであった。
スウェイン・ヘディンを持ち出すまでもなく、およそ文学作品に於ける紀行文は旅の前段としての動機づけから始めるのが常套だ。文章作品の結構という点からしても、主人公は冒頭に持ち込まれたロマンとか義務感とか渇望感に突き動かされ、遠い目的地を目指すものなのである。仮令それが嘘でも最初に重いエピソードを置いておかねば、苦難を乗り越えた末のカタルシスを最大限に演出できない。
摺本氏にしても、仕事や家族を離れて出立するからには色々と思うところなどもあったのだろう、とは察せられる。しかし、本書は愛機BMW・R80GS(オフロードモデル)にうち跨った摺本氏が走り出すところから、いきなり始まるのだ。前振りなし。
思うに氏にとって前段云々は大した問題でなく、要は一刻も早く駆け出すこと走りはじめることが、このとき最も必要な事だったのだろう。そして、走りながら自分や愛機の挙動にびっくりしたり感心したり、同じようなツーリングライダーとすれ違ったり、旅そのものの発見を繰り返しながら先を急ぐのであった。この点、道祖神に呼ばれた気がするとか東国の方を見てみたいとかと思い付きのように軽々と旅路に上った古き日本の旅人と、不思議に重なってくる。
ヘルメットの中の孤独、というか好んで寂寥感に浸りがちなライダー心理のままに淡々と綴る、バイク紀行書としてはなかなか珍しい良書かと思うのだが。
バイク関係に縁の深い摺本氏の画文集だし、私はてっきりこの本はそこそこ売れた本だと思い込んでいた。しかし一読以来二十年以上も経って今よくよく見てみると、カバーの定価表示が内税方式の別紙に貼り替え訂正されている。更に奥付に戻って目を凝らすと、こちらにも「定価はカバーに表示してあります」の紙片が貼り込まれているのが分かった。
消費税が初めて導入されたのが1989年の4月というし、本書の発行は1985年7月。すなわち少なくとも四年近くこの本は増刷しないままストックされ、税制改正に応じて一旦市中在庫も回収のうえ、述べたような定価表示の訂正を受けてから再度書店に配本されたということなのだろう。非常に意外。ひょっとしてこの味わいある紀行本、このまま売り切り絶版になってしまったのだろうか。だとしたら、とても残念なことだと思う。
あの頃すでに、日本のオートバイ乗りは、単独ツーリングなどしなくなっていたのだろうか。
1980年代は空前のバイクブーム。「ミツバチ族」などと呼ばれるライダー連中が夏の北海道を賑わせていた時代であった。単騎ツーリングのオートバイ乗りは、むしろ少数派になっていたのかもしれない。
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