旅する少女の憩
沼田元氣著、『旅する少女の憩 箱根・湯河原編』。
京都書院による1998年10月の発行、ご存知アーツコレクション文庫の第219巻になります。アーツコレクションって一体何巻まで出したんでしょうね。すべての表紙画像を掲載した目録の巻もあるんですが、そうした文庫の常で目録発行のあとにも平気でどんどん続刊していました。なので今となっては最後が見えない。この文庫をコンプリートしようとしたら心を傷めそうですから、老婆心ながらご注進(笑)。私はなるべく忘れるようにしてます。
この本は著者による旅行写真と短文を混成した、写真集というよりは写真文集でしょうね。短文は高柳絵里子という方のものも半分ほど含まれているようですが、よく分かりません。テキストのゴチック体パートが沼田氏、明朝体が高柳氏と解して読ませるようでもありますが。まああまり厳密に意識する必要もないでしょう。「少女」とされる女性が小田急ロマンスカーに乗り、安息というか憩いを求めて湯河原や箱根の鄙びた観光スポットを遍歴する。そんな内容みたいです。
本文は多色刷りアート紙の写真ページが約130頁、後付けの単色文字稿約15頁となり、画主文従ということもあってスタバのソファなんかでブレイクしながら一気読みのできる分量ですね。
アーツコレクションには珍しい横開きで、本体にカバーを誂えない代わりなのか、厚手のコート紙を表紙に使いかつ見返しのノド付近まで深く折り込むという特徴的な造本デザイン。対照的に構造、印刷共に大変華奢な筒箱に納めてあります。時折古書店で見るこの本は半分ぐらいの確率でこの筒箱を失っていて、裸んなった本冊もガジガジというかズリズリんなってて悲しいです。
通常は元号表記な奥付の出版年月日を本書では西暦に、表紙には「フォトスーベニル文庫 箱根・湯河原編」などという独自の表記もあり、本全体としての装幀設計が他の巻とは隔離された異例な構成に思われます。異例というよりは、反逆?アーツコレクションの普通が縦ならこちらは横、表記が日本語ならこちらは横文字、箱が無いならこちらは付ける、などなどなど。所詮は正があってこそ成り立つ「逆」なのですが、とにかく熱意を感じて恐れ入る次第です。またそれをそのまま出版してしまう版元も奥深かった。
目次はなく、見返し部分からいきなり巻頭言のように文章が始まり、画文最終頁まで散発的にポエム風なキャプション風な雰囲気で、写真と連携しつつ掲載されてゆきます。「ポエムグラフィー」という表現が奥付にあるのですが、つまりこうゆう頁進行のことをそう呼ぶのでしょう。私的には馴染みのない言葉ですし、著者オリジナルの造語なんでしょうかね。
全体的にいわゆるレトロムードの漂う画面構成です。なにしろ関東では最も手磨れして手垢のこびり付いた観光地で、歴史ある老舗旅館の古色蒼然としたような佇まいを舞台としての撮影行ですからね。なのに枯れ寂びたムードとほどよい時代遅れ感をこれでもかとギトギトに押し出してくるところが微妙なギャップというか、著者の若さと勢い、と受け止めておくべきなのかな。ちょうどこの箱根湯河原一帯が最も栄えた昭和高度経済成長期に合わせてアナログ感たっぷりに画面を作り込んでいます。
モデルさんにしても、「これが少女といえるのか?」みたいなツッコミは余裕でできるんでしょうが、だからってそれやっちゃう人はまだまだ青いですよ。昭和時代の家族写真とかスナップに切り取られた当時の普通の「少女」という生き物が、今見るとびっくりするほどダサい服着て無表情でおばさんっぽいという、悲しくもムゴい事実。恐らく著者の沼田氏は、そんな深層の部分にまで真のレトロを探究しているのでしょう。なんつって。以前に取り上げた望月峯太郎氏のコミック『バイクメ~~ン』を想い起こさせます。
結果、本書はレトロでチープシックなムードの中、昭和時代のオトナの公然の秘密「温泉街だけで買える土産本」的な一種のいかがわしさまでも身に纏うことに成功しています。
最初に旅行写真と書きましたが、この本の場合は写真家の私的な旅行備忘録みたいなのとも少し違う感じです。どこがどうとピンポイントで突っ込めるワケじゃないんですが、なんとなく「作ってる」っつうのかな。既定のストーリーっつかシナリオみたいなものに沿って撮影を進めてゆく濃厚な作為みたいなものが、どの頁からもオバサンの香水みたいにぷんぷん匂ってまして。故に不自然な印象が残ります。いえ、そもそもモデルさんを使っているワケですから自然不自然なんて口にするのはナンセンス?軽い気分でぱらぱらやってる分にはどっつこともないんですが、私の場合は一旦それに引っかかっちゃうとどうしても頁を繰る指が止まってしまう。「作ってる」じゃなくて、ソコ「狙ってる」なんでしょうかね。
その印象の原因は奥付のこと細かなクレジットを読んでみて理解できました。そこには普通に著者名の記載があるだけではなく「キャスト」、「スタイリスト」、「ヘアメイク」、「アートディレクション」なんて肩書がこれでもかっつぐらいに羅列されています。おまけに舞台となった箱根湯河原の老舗旅館やらお土産屋やらの屋号が「協力」なんつう括りでズラズラと(笑)。
要するに企画もんだったというワケで、パブリシティーに絡めながらの撮影だったのでしょう。企画書死ぬほど書きまくったのかな。
でもって、テレビのお散歩番組さながらに、写真家さんとかメイクさんとか何々さんとかが固まりんなってワラワラと温泉街を練り歩いていたのかもしれませんね。
一冊の文庫版写真文集に、そこまでやる必然性があったのか否か。は別として、読み終わってから徹頭徹尾コテコテに作り込んだこの本を玩弄していると、なんとなく本というよりはダサカワイイ温泉土産を眺めているようで、気持ちがなごんでくるのを感じます。
「憩」ですもんね。
それで良かったのかもしれない。
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