ヨーロッパ 歴史の中の手紙
根本謙三(ねもと けんぞう)『ヨーロッパ 歴史の中の手紙』の表紙画像を公開します。辞典や民俗工芸関係の出版も多い木耳社(もくじしゃ・きくらげしゃに非ず!)から1984年に発行された本です。
この本は、先に当ブログでアップした京都書院アーツコレクション文庫『フランスのオトグラフ』で参考文献の第一に掲げられた本で、文中にも著者根本氏への簡単な言及がありました。
『フランスのオトグラフ』が1998年の発行ですから、そのまた十四年も前に出された正真正銘オトグラフ趣味の先駆的出版としてよいでしょう。判形は略A4版、カルトン(表紙に厚紙の芯を用いた製本法)表紙のしっかりした本です。本文は総アート紙モノクロ印刷及び部分カラーで糸綴じと、普及本の画集として定石通りの成り立ちになっています。
「私は人間の書いた文字というものに異常な関心を有つ(もつ)者である」と、あとがきの一行目にありました。
これです。この一言を自分から言い放てるか否か、自分の蒐集癖衝動を素直に認められるか否かで、その蒐集家の「人としての格」が定まるのです。コレクターだけではなく、すべからく変人変態習癖者は、強烈なまでに自己を自覚肯定することによって初めて、凡夫の到底なし得ないアルスマグナ(大偉業)へと自らを導いてゆくことになるんです。
とにかくこの自然体がイイんです、クゥ~(慈英風)。
しかもこの根本氏、元々はわが国戦国時代の武将の手紙をコレクションされていた。武蔵坊弁慶よろしく手紙を一千点集めることに一念を凝らし、東京国立博物館の小松博士に真贋鑑識の応援を仰ぎ、時代の範囲を拡げながら集められるもんはどしどし集めたらしいです。
やがて集めたくとも出物がなくなり、五百余りで手紙コレクションを終了。区切りと渡ったヨーロッパで今度はオトグラフに巡り合う、と。まさに神の采配の妙としか言えない天然自然の出会いがそこにありました。
古筆古墨の世界で充分すぎるほどの素養を蓄えてきた堂々たる肉筆コレクターと、全く新たな蒐集の地平、オトグラフとの邂逅。いやはや、ドラマチックな展開ですね。
つうことで、この本にも欧州史上の有名人三十人余りが残したオトグラフが、おおむね一人分ずつ見開きで紹介されています。キャプションはほとんどありませんが、その代わり充分な大判ですからとても見易く面白いです。
惜しむらくはせっかくのアート紙を存分に生かせなかったモノクロ印刷で、ややコントラスト過大のコピー画像のような平板な仕上がりとなってます。その点さすがに後発の『フランスのオトグラフ』は丁寧で、写真頁は全て色校正の行き届いたカラー図版が嬉しいところ。
ただ、これは飽くまでもカバ男の私見に過ぎませんが、それでも『歴史の中の手紙』、全然オッケー。この本の精華はむしろ図版よりも、巻末にある根本氏の、コレクションに纏わる短い冒険譚や「あとがき」の中にあるように思いますので。
おそらく根本氏も、製本出来に向けた校正作業で写真頁の仕上がりには頓着されなかったんじゃないかな。
だってオトグラフ趣味というのは、現物を目の前にして初めて語れるものなんすからね。写真の頁なんて、それこそ古人の糟粕(いにしえの思想家の思考の残り滓)の、そのまた幻影でしかないわけです。
1984年といえば、カバ男はまだ社会に駆け出したばかりの青二才。それでも本好き探索好きの性分はすでに蕾を開き、時間を割いては神保町の田村だの玉英堂だのと徘徊を始めていた頃じゃなかったかな。
そんな時、すでに遥か遥か別次元でこの根本センセ、こんなに凄いことやっちまってたんすよねー。ちーとも知らなかった。
一度で良いからお目にかかりたかったです。
※今回のエントリーから文書の記述を通常の日本文式に改めました。センテンスが長く文字の多いカバ男の文章は、行頭一字下げの一般文的書き方の方が読みやすいのではないかと考えたからです。
どっすか?
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